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赤塚諏訪神社の田遊び[日記] 2013/02/14

一昨日の徳丸北野社につづき、本日は赤塚諏訪社の<田遊び>。
マツリの所作の順番などは違えども、唱え言葉の節回しなどはほぼ同じです。

前回書いたように<田遊び>は鎮魂だ、と折口先生は云っておられる。
が、この鎮魂がまた難しい。

「つまり簡単に言へば、それは一種の鎮(しづ)め――鎮魂といふことに出発して来ているやうに思はれることであります。
この鎮魂といふことは、外からよい魂を迎へて人間の身体中に鎮定させるといふのが最初の形だと思ひますが、
同時に又魂が遊離すると、悪いものに触れるのでそこに病気などが起るといふことから、その悪いものを防がうとする形のものがあります 」

大事な田んぼに良いスピリッツを招き、長く居てもらう。
反対に悪いモノが入ってきそうになったらそれを防いでもらう。
そんな意でしょうか。

マツリが始まります。

子供たちがササラで道を叩き清め、天狗がでてきて神輿を先導します。
神輿は近くの浅間神社まで渡御するのです。

暗い住宅地のなかを掲げられた高張提灯がゆらゆらと揺れ、短いフレーズを繰り返す横笛の音。
渡御についてゆく行列に加わると、
この世かあの世かも判然としないような陶酔感で満たされます。

浅間社境内で大きな花篭が振られ、<破魔矢>や<駒>などがつつかれます。
そののち獅子舞が奉納され、神輿はゆっくり諏訪社に戻ります。

諏訪社境内では三の鳥居から<よぼね>が登場し、
翁と媼(太郎次とやすめ)が舞いながら抱きあい、きわどい動作を繰り返します。
そして大稲本が白扇と錫杖を持ち、結界をきった<もがり>のなかで田遊び=鎮魂が始まるのです。

途中からお篝り(どんど焼き)にも火がつけられ、古式ゆかしい赤塚のマツリは静かにクライマックスを迎えます。

折口先生の『田遊び祭りの概念
のなかにも「赤塚村の諏訪神社〜」とこの神社の名前が出てきています。
偉大な先人、民俗学の泰斗と同じ情景をみているのだな、と思うと歴史の奥深さを感じるともに、
「こんなもの」を千年近くも続けている、伝統と呼ばれるモノの底知れぬチカラ・情念に畏れすら覚えるのでした。